まほみほ4.0


 改めて話がある、との事で、しほはまほをいつもの応接間で待っていた。ぴったり時間通りに部屋に来たまほは、言った。
「留学の前に、三日で良いので、私的な外出のお許しを頂きたく存じます」
 まほはしほの前でかしこまって頭を下げた。
「三日、ですか。これから留学の最終手続きやら戦車道連盟の記者会見やら、更に忙しくなるのに、ですか」
 厳しい声で突き放す母。姉はそれでも諦めない。
「ではせめて二日で構いません。少しだけ私に時間を、頂けませんか」
「二日は“少しだけ”ではない。それに貴方はもはや自分一人だけの存在でもない。わかっていますね」
「重々承知の上です。黒森峰の三年生として最後の我が儘を、お許しください」
 再び頭を下げるまほ。  しほは何となく察しが付いていた。間も無く始まる留学までの間にこなしてきた、戦車道連盟のインタビューやら記者会見、テレビへの出演等で、大分まほは疲れている。勿論、西住流の後継者として、甘えや泣き言は許されない。
 しかし、一人の母親として、何よりかつて自分が辿ってきた道を振り返り……愛娘にも同じ道を歩ませる事への僅かな躊躇いが、自身の非情な判断を否とした。
「分かりました。二日だけ、良いでしょう」
「本当ですか?」
「必ず二日以内に、戻って来なさい。それが条件です」
「承知しました」
 一礼して部屋から出ていったまほを視線で追いつつ……息を呑んで様子を廊下で伺っていたみほの気配も同時に察し、
「昔から、こう言うところは姉妹揃って変わりませんね」
 とだけ呟いて、寂しそうに茶を一口すすった。

 朝一番に、姉妹二人は家を出た。
 軽めのリュックとやや膨らんだバッグ。ちょっとした旅行だ。全ては二人だけの秘密。菊代に手配してもらったタクシーで最寄りの駅に向かうと、すぐに電車に飛び乗り、目的の地へと向かう。
「母上がお許しになるとは思えなかったから……それだけでも嬉しいな」
「私も廊下で二人の話聞いてて、すっごく緊張した」
 ふふっと笑い合う二人。
「で? みほのリサーチで、良いところに連れてってくれるんだろう?」
「勿論。任せて」

 到着したのは、山間にある温泉郷だった。
「もっと遠くまで行くのかと思ったけど、案外と近かったな」
「だって、たったの二日だもん。移動ばかりってつまらないよ」
 予め予約していた宿に荷物を預けると、二人は身軽な格好で、温泉郷の中を歩いた。
「ここは有名な温泉なんだろう? どうして人が少ないんだろう?」
 まほは薄手のコートの裾を気にしながら、周りを見回した。
「お姉ちゃん、今はまだオフシーズンだよ。それに、連休でもないし、普通の平日だよ」
「そうだったか。……いや、最近色々用事が立て込んでて、ろくに学校にも登校出来てなかったし……ん?」
「どうしたの?」
「みほ。お前、学校は」
「お休みしちゃった。戦車道の方は、エリカさんと小梅さんに任せてるよ」
「良いのか?」
「お母さんには、特別に許して貰ったよ」
「何だ。一人でえらく緊張して交渉した私が馬鹿みたいじゃないか」
「二人で行ったら、きっと揃って足蹴にされてたよ」
「そうか……そういうものかな」
「そうだよ〜。お姉ちゃん、お母さんの事、私よりも知ってるのに」
 悪戯っぽく笑うみほを前に、まほも苦笑いする。

 その後温泉郷の温泉を巡り……足湯に浸りながらぼーっと風景を眺める。オフシーズンとみほが言うだけあって、周囲の山がとりわけ新緑で美しいとかそう言うものは無かったが、人が少ないので気兼ねなくぶらりと気ままに過ごせるのがまほにとっては有り難かった。
 温泉郷の中に湧く温泉は、源泉ごとにお湯が違うとの事で、まるで味見の様にそれぞれを見ては手を入れ、靴下を脱いで足先を入れて、へえ、と通ぶってみたり、途中のお店で温泉まんじゅうを食べてみたり、スマホで風景や温泉の写真を撮り、自撮りも何枚も撮り、私服の二人は温泉でたわむれる「普通の姉妹」だった。
 やがて夕暮れになったので、みほはまほの手をひいて旅館に戻った。

 趣のある老舗旅館は、重厚な造りの実家に雰囲気が少し似ていた。案内された部屋は浴室付きの立派なもので、二人はまずそこで軽く汗を流した。風呂上がりでふうと一息付いていると、タイミングよく、食事が運ばれて来た。
 海の幸山の幸が食べきれない程並び、二人で仲良く夕餉を楽しむ。
「なんか、我が家みたいだな……あ、これ美味しい」
「うん。美味しいね。でも、私とお姉ちゃんだけだよ?」
「まあなあ。別の場所でも良かったぞ?」
「もっとリゾートみたいなとこが良かった? それとも遊園地とか」
「遊園地か……遊園地はなあ」
 姉妹で揃って島田流家元の後継者と戦った「あの場所」を思い出したのか、まほは苦笑した。その顔から意図を察したみほも笑った。
「もう、お姉ちゃん、戦車道の事ばっかりなんだから」
「みほだってそうじゃないのか」
「私もそうだけど、でも今は違うよ」
「ん?」
「お姉ちゃんと一緒。とても楽しいし、嬉しい」
「ん。ありがとう」
「本当はね、ちょっと遠くのテーマパークとか行くのも考えたんだけど。でも、それだとお姉ちゃんもっと疲れちゃうから」
 みほの言葉に、そっと自分の顔に手をやるまほ。
「私、そんなに疲れて見えるか」
 頷く妹を前に、参ったな、と呟く。
「お姉ちゃん、何でも一人で背負い込んで、頑張り過ぎなんだから。少しは休まないと」
「別の気分転換でも良かったけどな」
「でも余計に疲れちゃうよ」
「ん〜。まあ、お前がそう言うなら」

 たらふく食べた後、部屋を見ると、いつの間にか布団が綺麗に敷かれているのに気付いた。
「流石は旅館だな」
「お姉ちゃん、これから何する? また温泉入る? この旅館、夜遅くまで温泉入れるんだよ。朝風呂も勿論。あ、部屋付きの浴室でもいいけど」
「そうだなあ……のんびりしたい」
 スマホを放り出すと、ごろりと布団の上に大の字になるまほ。
 みほは姉の横にぴったりくっつくと、スマホでぱしゃりとツーショット。
「さっきから撮ってばかりだな」
「だってこれから暫く二人っきりって無いから」
「……」
「留学先、ドイツでしょう? 日本から遠いし。いつ帰って来られるのかも……」
「大丈夫だ。必ず戻る」
「約束だよ?」
「勿論」
 風呂上がりの心地よさと満腹感で意識がふらっと抜けかけ……みほがそっと、布団に自分を引き入れてくれるのを感じるまほ。目を閉じたまま言葉を返す。
「ああ。ありがとう」
「風邪ひいちゃうよ?」
「すまない」
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「もう少し、ぴったんこしても良い?」
「ああ」
「嬉しい」
 みほは遠慮なくまほに抱きついた。
「子供みたいだな」
「昔はこうやってよく二人で寝たのにね……」
「そうだな」
「いつからだろうね」
「そうだなあ……」
「ねえ、お姉ちゃん」
「どうした、みほ?」
「私ね」
 そこで言葉を詰まらせるみほ。答えが返ってこないのを気にしたまほが目を開けると、上から覆い被さる様に、みほがまほを見ていた。
「……みほ?」
「私、お姉ちゃんが好き。大好き。でも、私達、それぞれの立場があるから、いけないって」
「お前、何を言って……」
「お姉ちゃん、私の事、好き?」
「勿論だとも」
「妹として? それとも……」
「え? それとも……?」
 まほは、みほの瞳の奥に堪る色を見て、息を呑んだ。
「私、我慢出来ない。お姉ちゃんが誰かのものになるなんて、やだ」
「みほ」
「それが無理でも、私、お姉ちゃんが私のだって」
 そう言うと、ぎゅっと抱きしめた。唇で唇を塞がれる。
 驚くまほ。しかし、眠気を完全に振り払う事が出来ず……それはみほを無意識のうちに受け入れている証でもあった……ゆるゆると腕をみほの体に回す。
 ぎこちない仕草で、まほの首筋に、唇を這わせる。きゅっと吸い口を付ける。
「みほ」
 呼ばれた妹は、申し訳なさそうに笑った。
「お姉ちゃんが私のだって、痕、つけちゃった」
「やったな?」
 まほも、みほに同じ事をして返す。妹がびっくりして小さく声を漏らす。まほも優しく笑った。
「お返しだ、みほ」
 そうして、二人、じっと見つめ合った。
「お姉ちゃん」
「みほ」
 お互い名を呼ぶ。思いが高まる。昂ぶる。でも、どうして思いをぶつければ良いか分からない。
 二人はキスを繰り返し、唇で肌をなぞる。
「お姉ちゃん……好き。大好き。愛してる」
「ああ、みほ。私の、みほ。私も、私もだ。愛してる」
 風呂にも入らず、二人は抱き合ったまま、夜を過ごした。

 夜が明け、朝風呂に浸かる二人。二人の体にはあちこちに痕が残り……それがお互い何故か嬉しくもあった。浴室越しに見える朝靄が陽を浴び美しい。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「何だか、私達、駆け落ちした人みたいだね」
 くすっと笑うみほ。
「そうだな」
 微笑んで、肩をそっと抱くまほ。
 二人一緒に、美しい景色を眺める。陽も次第に登り、風の雰囲気が少し変わってくる。
「このまま……」
 まほはそっと呟いた。
「え? 何、お姉ちゃん」
「本当に、してみるか? 駆け落ち」
 みほはまほの言葉に一瞬びっくりした顔をしたが、少しうつむき、瞳に涙を溜めた。
 姉たるまほは、そんなみほをゆっくり抱きしめた。
 優しい姉に抱かれた妹はまほの耳元で、こそっと囁いた。
 その言葉を聞いたまほも、悪戯っ子が時折見せる様な、刹那的な笑みをつくる。
 つられてみほも笑う。

 二人は宿を出ると、荷物を持ち、歩き出した。手はしっかりぎゅっと繋いだまま。
 駅に向かう二人。
 その後、二人は……

end


ガールズ&パンツァー劇場版OVA、もしも「あの一言」でみほが黒森峰に帰ったらのif編。前作「まほみほ3.7」の続き。
back to index
inserted by FC2 system