ノンカチュ2


 今日は珍しく授業も戦車道の練習もお休みの日。
 カチューシャは新緑眩しい庭先を眺めながら、戦車教練の本を片手に、ぼんやりと考え事をしていた。何を考えていたか……そのうち忘れてしまい、瞼が重くなる。
「カチューシャ」
 ノンナだった。持参した、赤と緑の色が美しい膝掛けをそっとカチューシャの服に掛ける。そうしながら優しく言う。
「そのままだと、風邪をひいてしまいます」
「べ、別に眠たいとかそう言う訳じゃなかったんだから」
「本の内容が退屈だったのですね」
「この程度の中身、私はもうとっくに理解しているけど」
「でも、うつらうつらしてましたよね」
「もう、いちいちうるさいわね」
「でも……」
 ノンナはカチューシャから本をそっと受け取り、ぺらぺらと中身をめくった。隊列の組み方から、基本的な戦術機動のノウハウ、そして各種の……プラウダ独特の誘引・包囲持久戦術や、他の代表的な各種戦術、その対処法等が載っている。入門書にしては微妙に細かく、専門書にしてはやや薄い内容の本であった。
「これは何処で手に入れたんですか?」
 ノンナの問いに、ややうんざりした顔で答えるカチューシャ。
「クラーラが持って来たのよ。参考にどうぞって……でも、これが必要なのはむしろクラーラの方よね」
「どうしてです?」
「それ読んで、もっと日本語使いなさいよって思うのよ」
「クラーラは日本語堪能ですが」
「知ってるわよ。でも滅多に日本語話さないし、日常で、もっと日本語使って欲しいわ」
「私はロシア語大丈夫ですが」
「貴女達は普段からロシア語使い過ぎ! 今度使い過ぎたらシベリア送り二十ルーブルにしてやるんだから」
「相変わらず厳しいですね、カチューシャ」
 窓辺から流れて来たそよ風が、二人の頬を軽く撫でる。
 こそっと、カチューシャが呟いたのをノンナは聞き逃さなかった。
「今、なんて?」
 わざと聞くところも、ノンナ独自の愛情表現。
「もう、しっかり聞こえてたでしょ!? 私にも解るように話して欲しいの。それだけ」
「大丈夫ですよ。同志カチューシャ。私はいつでも、貴女にわかることばを使います」
「ならいいけど」
 思わずひとつ、大きなあくびをする。はっとして振り返る。ノンナが微笑んでいた。
「こ、これは大きな深呼吸。眠いからとか、そういうんじゃないんだからね」
 無言のノンナを前に、たじろぎながら言うカチューシャ。
「何か言いなさいよ」
「いえ。そろそろ三時です、おやつにしましょうか。今日は何が良いですか?」
「何でもいいわ……ふわぁ……軽いもので……」
 ノンナが持って来た膝掛けが思いの外暖かく心地良い。睡魔が勢いをぶり返し、今にもカチューシャの瞼が閉じそう。
「では、今お持ちしま……カチューシャ?」
 ノンナの声に反応せず、すやすやと眠るカチューシャ。T-34/85を乗りこなしチームを統率する猛々しい「小さな暴君」ではなく、年相応の娘の姿であった。
「ここは冷えますよ」
 ノンナは耳元でそっと囁く。うぅん……と言ったきり、安らぎの中に包まれていく目の前の同志。
 そっと持ち上げると、ベッドに寝かしつけた。自然と口ずさむ子守歌。
 手が重なった。小さくも温かな手は、ノンナの大きく冷たい手と正反対。でもそれが、むしろ程良いのかも知れなかった。
 カチューシャはぐっすり寝てしまった。あんまり寝過ぎると、夜中眠れなくなる。
 でも、今はこうして……たまにはこう言う時間があっても良い、と思うノンナ。
「貴女は私の、一番大切な同志ですから」
 小声でそう言うと、カチューシャの手に、ちゅっと唇を当てた。

end


ガールズ&パンツァー、ノンカチュの日常的な何か。
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