ひまわかひま


 その日の昼休み、四人は相も変わらず賑やかにお弁当を食べていた。ふと思い付いたのか、あかねが口をもぐもぐさせながらわかばとひまわりに向かって聞いた。
「わかばちゃんとひまわりちゃんは、今週もどこか工場見に行くの?」
 その一言を耳にした二人は、それぞれ苦笑い、ふくれっ面と言う分かり易い表情だけで答えた。
 しばしの沈黙。
 数秒経って、わかばが簡単に説明する。
「今週末は、剣道の試合なんだ。知り合いから急に頼まれちゃって」
「そう、わかばちゃん、大変なのね」
 あおいの慰めも、当の本人にはあまり耳に入ってないらしい。ずっとひまわりのご機嫌を伺っている様子。
「じゃあ、この前ひまわりちゃんが話していたプラントには……」
 あおいの言葉を遮るかの様に、ひまわりが不満げに呟く。
「無期延期。超つまらない」
 あかねとあおいは、そんなひまわりを宥めつつ、作り笑いをするしかなかった。

 その内容が何であろうと、大切な試合の前は、雑念を消して翌日の勝負に集中しなければならない。武芸をやる父の教え。
 ……しかし、風呂上がりに自分の部屋に戻ると、ひまわりがラフなパジャマ姿でぼんやりモバイルPCの前に居る。モバイルPCは、ひまわりがお泊まり用にわざわざ持って来たもの。薄く淡いディスプレイ画面が、机の上に広がっている。
 こんな状況では、雑念どころの騒ぎでは無かった。
「ひまわりちゃん、服の裾……」
 わかばが慌ててひまわりのパジャマを取り、裾を直す。
「ちょっと暑かったから、めくってた」
「もう、くつろぎ過ぎよ、ひまわりちゃん」
「そう言うわかばはカチコチ過ぎ」
「……だって」
 言葉の先が続かない。試合直前の緊張感。そして眼前に居る、あられもない格好のひまわり。二重の意味で辛い。特に後者。
 そんな苦しみと葛藤に内心悶えるわかばをよそに、片肘をつき、お好みの工場をモバイルPCの画面越しに見ながらボソッと呟くひまわり。
「あー、二人で行きたかったな、ここ」
「それは、悪かったわよ。ごめんなさい」
「もう謝らなくて良いってば。仕方無いよ。わかば、剣の達人だし。みんなに頼られてるし」
 今回の試合も、本来なら出るつもりでは無かった。が、あれこれと頼まれるうちに断りきれなくなり……と言うパターン。当然、とばっちりを受けるのは先約していたひまわり。お詫びに、と別の約束をしても、まだ未練たらたらなのか、試合前、わかばの部屋に泊まると言い出して聞かない。結局泊まる事になり……食事も適当に済ませ、先に風呂を借りる辺り、なかなかの確信犯状態。
 そうこうしているうちに、夜も更ける。
「ねえ、ひまわりちゃん。そろそろ寝ないと」
「そうだね」
 上の空で聞いてたひまわりは、のろのろとモバイルPCを片付ける。

 畳敷きのわかばの部屋は、明かりを消すとしんと静まり返って、その静寂が逆に少し怖いと感じるひまわり。彼女の部屋はサーバーやら大型のコンピュータ機器が常に低い唸りを上げているので、余りに静か過ぎるのは、少し苦手。
 横に寝ているわかばのパジャマの裾を取る。きゅっと握る。
 突然の事に、ビクッと震えるわかば。
「ひッ! ど、どうしたのひまわりちゃん?」
「なんか、不安」
「どうして?」
 ぐいと顔を近付けるひまわり。そしてぼそっと呟く。
「静か過ぎる。……でも」
 間近で見る、ひまわりの素顔。ヘアピンを外してボリュームのある髪がまた可愛い。……と萌え上がる感情を何とか鎮めるわかば。
「でも、何?」
 わかばの問いに、ひまわりはちょっとだけ微笑んだ。
「わかばがいると、何だか落ち着く」
「そう」
「けどね、わかば」
「? 何、ひまわりちゃん」
 ひまわりは、わかばの服を握ったまま、目を少し逸らし、言った。
「ホントは、迷惑だって分かってる。明日大事な試合あるのに。でも、私だって、わかばを……その」
 刹那の無言。わかばはふっと笑ってひまわりの顔を見た。
「良いよ、続けて?」
「もう、ばかわかば!」
 感情が爆発寸前なのか、ちょっと声を荒げてひまわりは言葉を続けた。
「私だって、わかばの事、すごく応援してるし! してるんだから!」
「ありがとう。これで勝ったら、来週ひまわりちゃんの行きたいとこ、行くんだものね」
「そ、そうだし。それに」
「?」
 ひまわりは、少しの戸惑いの後……、わかばの頬にそっと手を添え、軽く触れる位の口づけを、わかばのおでこにした。
 はっとなるわかば。頬が紅に染まる。
「私とわかばはドッキング出来ないけど、でも、でも……」
 言葉が続かず、視線をわかばに向けられないひまわり。彼女の顔も、紅い。
「ありがとう。伝わった。ひまわりちゃんの気持ち」
 言いながらも凄い勢いで顔の火照りを感じるわかば。そして言葉を、気持ちを伝える。
「ひまわりちゃん。私、明日、絶対に……」
「うん。絶対、絶対だからね、わかば」
「約束」
 少し指を絡めて、お互い見つめ合って、微笑む。例えドッキング出来なくても、二人はしっかり、繋がっている。
 やがて、お互いの温もりが微睡みへと誘う。ゆるく抱き合ったまま、二人はいつしか眠りに落ちた。

 翌日行われた試合の結果は、推して知るべし。
 後日、
「今度、二人だけの小旅行に行く」
 と言う報告を聞いたあかねとあおいは、親友ふたりの活躍を喜び、祝福した。

end


ひまわかひま。アニメ9話以降の感じで。
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