提督室の前を通り掛かった加賀。突然扉が開き、勢い良く出てきた提督が加賀に声を掛ける。
「加賀さん! ちょうど良かった。貴女に用が」
「私はこれから入渠に行くところですが何か」
 いつもながらのクールビューティーな加賀に向かい、提督は少し乱れた自身の長い黒髪を一撫ですると、加賀に向かった。
「あとで幾らでもお風呂使って良いから。今、話が……、いえ、頼みがあるの」
「お断りします」
「答え早っ……そう言わずに」
 言いながらも、提督は細身の身体に似合わず、加賀の手首をしっかりと握っていた。
 やや根負け気味の加賀は、それでも顔色ひとつ変えずに立ち止まると、提督の顔を見つめた。
「それで、私に何の用です?」
 提督は、ふーっと一息つくと、ゆっくりと切り出した。
「そろそろ、良い頃合いかと思って」
「何の事です?」
「五航戦……」
 ぴくり、と加賀の眉が動いた。提督はじっと加賀の目を見つめながら話を続ける。
「そろそろ、私達の艦隊にも、彼女達が必要じゃないかしら。正規空母が多ければ、貴方達の負担も減る筈」
 つまりは、五航戦の瑞鶴、翔鶴受け入れ体勢を整えたいがどうか、と言う提督なりの、彼女としての伝え方。
 加賀は提督の手を振り払うと、冷徹な瞳で言い放った。
「そんなの、提督である貴女が勝手に決めればいい事です。私に許可を求める必要は無い。そもそも私は提督(あなた)じゃない。好きにして下さい」
「じゃあ、何故貴方は五航戦をそこまで嫌うの?」
「……」
 加賀は、目を閉じ、ゆっくり開くと、提督の顔をじっと見た。呟く様に言う。
「私が、彼女達をそんなに嫌っている様に見えますか」
 提督は退かず、言葉をぶつける。
「貴女、常日頃何て言ってるか自覚が……」
「所詮は新米ですから。尤も彼女達の艦載機の話ですが」
「……」
 加賀の「一航戦」たる意地か、それとも、“その後”の顛末を知ったからこその嫌味か。
「そこまで言うなら、五航戦の子を貴女が訓練なさい」
 提督の無茶振りにも素っ気なく応える加賀。
「提督のご命令とあらば。その前に、いつになったら彼女達が艦隊に配属されるのか、分かりませんが」
「きっと来る。連れて来てみせるわ!」
「どうぞお好きに」
「だから加賀さん。貴女も協力して。嫌ってばかりだと、良い艦隊にはならないから」
 無意識に、加賀は一歩退いた。そして、改めて提督を冷めた目で見つめる。
「戦いに対して感情を露わにするとは驚きです」
「それは、加賀さんにとってどうなのかしら、私への侮辱?」
「どうでしょう」
 ふい、と背を向ける加賀に、提督は尚もしがみつく。
「だから加賀さん、待って! お願い! この通り!」
 強引に、半ばタックルされる格好で捕まえられる加賀。ぎゅっと掴まれた服を通して、提督の……彼女の熱意とも単なる温度ともとれる、何かを感じる。腕が一瞬、震える。
 はた、と立ち止まる加賀。直前の戦闘で少々汚れた服も構わず、ゆっくりと提督の方を向く。
「戦闘で感情むき出しにする事、私は好みません」
 ぼそっと呟く加賀に、提督は更に食い下がる。
「けれど、普段の生活とか……」
「分かっています。けれど艦隊は仲良し学校ではないので」
「だからこそよ。なおの事よ! 命を掛けた戦いが待ってるのに、大事な仲間を大切に思えない艦隊なんて、そんなの……」
 言い切られる。
 感情論と精神論がごった煮になった提督の紅潮した顔を見、加賀は軽く首を捻った。
「提督の言葉にも一理有ります。その意味について、少し考えさせて下さい」
「え? じゃあ……」
「先程も申し上げた通り、私に止める権利も権限もありませんので」
 加賀は通り掛かった赤城を見つけると、提督の元から立ち去った。そのまま赤城と一緒に入渠(と言う名の長風呂)に行ってしまった。
 提督は帽子で服に付いた埃を払うと、少々悲観的な顔をして、部屋に戻った。

 湯船にまったり浸かる赤城と加賀。二人は一航戦として共に戦い抜いてきた仲間であり、かけがえのない友人でもある。
 加賀は、ふと先程の事を思い出して、首の上まで湯に浸かり、思いを巡らせた。
 そして一言、呟く。
「分からないわ」
 加賀の発した言葉を聞いた赤城が問う。
「何が?」
「提督の事」
「提督が分からない? 良い人じゃない」
「良い人と、有能な人は違う」
「それはそうだけど、逆も然りじゃない?」
「? ……やっぱり、よく、わからないわ」
 提督の必死な顔を、言葉を思い返す加賀。
 熱い心でクールに戦う彼女にとって、提督は……彼女はたまに感情むき出し、火傷しそうな位の勢いで来る事が有る。加賀はそれが苦手だった。でも、今日のそれは、自身の考えを押し通す事ではなく、加賀の気持ちを推し量っての事? それはつまり……。そう考えると、不思議と気分が高揚する。
「あら、のぼせたの? 顔赤いけど」
 横でくつろいでいた赤城が、声を掛ける。
「何でもない……何でもないから」
 加賀は、頬まで湯に浸かり、赤城から顔を背けた。
 提督の顔が脳裏に焼き付いて離れない。これは困った。
 風呂の中で、加賀の“苦悩”は続く。

end


加賀さん×女性提督。
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