ましれい2


 いつもの様にこつこつと窓が開き、するりと忍び込む風の如く入ってくる。
 しかし、今日は違った。
 普段の様に、いきなり唇を奪ったり、抱きついたりしてこない。
 幾ばくかの物足りなさを感じたましろは、その人影……れいに向かって、小さく声を掛けた。
「今日は、どうかした?」
 無造作に渡される、控えめに包まれた花束。
「今日、誰の誕生日だと思ってるの?」
「あら」
 そう言えばそんな日もあった、と思い出すましろ。何時話したかは覚えてないけれど、彼女はずっと、誕生日を覚えていてくれた。
 照れ隠しに、ましろはぼそっと呟く。
「でも、科学者としては、私個人の誕生日よりももっと大切な……」
「私にとっては、貴方の誕生日。貴方が生まれた、年に一度の記念日。それ以上でもそれ以下でもない」
 それだけ、とれいは呟くと、もうひとつ包みを渡した。開けてみると、中から小さなホールのケーキが顔を出す。小さな蝋燭も添えてある。流石に火を付けるのは無理だけど、心遣いが嬉しい。
 あらあら……と、呟くと、れいは一瞬顔をほころばせて、言った。
「大きいのは無理だろうから、せめて」
「ありがとう。貴方の誕生日も、今度祝わせて?」
「何も無いけど?」
「私の気持ちが許さないもの」
 ましろの何気ない一言に、心撃ち抜かれたのか、かあっと頬を熱くする。しどろもどろになりながら、れいは呟く。
「勝手に、すればいい」
「じゃあ、今から色々考えないとね」
「まずは体を治すのが先」
「分かってる」
 ましろはケーキと花束を傍らに置くと、れいを抱き寄せた。今日はほんのりと、可憐な花々の香り。
 軽い挨拶みたいに始まった口吻は、少し濃くなった。でも、深入りはしない。出来ない。今はまだ。

 窓辺を確認して、そろっと“帰る”準備をするれい。見守るましろは聞いた。
「今度はいつ?」
「分からない。でも、きっと」
「そう。待ってる」
「だから、早く良くなって……」
「良くなったら、二人で何をしようかしら?」
「……それは、その時にまた考えれば」
 頬を染めて答えるれいの律儀さと健気さに、心ときめく。

「じゃあまた」
 窓から消える間際に見せたれいの笑顔は、いつもより少し明るく、嬉しそうだった。
 独り夕焼けの空を眺め、ましろは貰ったケーキを見る。人差し指で表面の生クリームを拭い、口にする。

 二人で一緒に味わいたかった。
 でも、美味しい。

 ましろの思いは、れいに向けて、羽ばたく。

end


ましれいその2。
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