ましれい4
この雰囲気はどうも苦手。人が多過ぎて油断出来ない。
なのに、この人はどうしてこうも気楽に……。
れいはそんな事を考えつつ、浴衣姿のましろと神社の参道を歩いていた。
今夜は年に一度の夏祭り。
普段物静かな参道には縁日の屋台が並び、あちこちから様々な食べ物の良い香りが漂う。
「わたあめ食べたいな」
ましろは言うと、握るれいの手を引いた。
「わあ、ふわっふわ。今年のは当たりね」
ましろは一切れずつつまむと、わたあめの口溶けを楽しんでいる。わたあめをそっとむしる指先が美しい、とれいは見とれた。
「れいも要る?」
「いや、私は……」
「はい、あーんして」
一口だけなら、と小さく口を開ける。ましろはれいにわたあめを食べさせる。指が軽くれいの唇に触れた。照れ隠しか挑発か、その指をぺろっと舐めて見せるましろ。
……確かにふわふわで、すぐに溶けてなくなってしまう。後には柔らかな甘さだけが残る、不思議なお菓子。
れいはそう言うと、ましろは笑った。
「もっと食べる?」
「それは貴女が食べて……」
遠慮するれい。歩いていてふと、気になったものがひとつ。赤い球体をガラス状の何かでコーティングした物体。どうやらそれもお菓子らしい。
「りんご飴ね。買ってあげるわ」
「いや、気を遣わなくても」
「こう言う時にしか食べられないんだから」
ましろはひとつ買い求めると、れいに手渡した。
「年に一度のお祭りなんだから、楽しまなくちゃ」
ね? とましろに念を押され、れいは頷くしかなかった。
ぺろっと舐めてみる。鼈甲飴みたいに甘い。
「りんご飴は、もっと豪快に食べて良いのよ?」
ましろは笑うと、がりっと音を立てて、中のりんごまでかじって見せた。
「あ。食べた」
「だって、全然食べないんだもの、それくらいしなきゃ」
「う、うん」
参道をゆっくり歩く二人。途中でお面を買う。お面の柄はお揃いの特撮ヒーロー、主人公と相棒らしい。斜に頭に掛けて、洒落込む二人。
「でも、何でお祭りを?」
れいの問い掛けに、ましろは答えた。
「そうね、この時期のお祭りには、色々な理由が有るわね。ご先祖様を祀る事とか、夏の暑い時期にみんなの無病息災を祈るとか」
「なるほど」
「それはそれで勿論大切なんだけど、でも、分かるでしょう? 私達にとって大切なこと」
ましろは、意味ありげに笑った。れいは繋いだ手の力をきゅっと強める。頬が紅い。
射的の様子を見ているましろ。れいが、私がやる、とばかりに空気銃を手に取った。構造をすぐに理解する。
「なるほど、空気の力でコルクの弾丸を……」
「なにぶつぶつ言ってるの」
「これだと当たりにくいと思う。弾道がぶれるし威力も弱い」
慣れた手つきで脇を締めて構えるれい。ましろは苦笑すると、れいから空気銃を取り上げた。
「これはね、こうやるのよ」
ましろは片手で持つと精一杯腕を伸ばし、目標の小さなぬいぐるみのすぐそばまで銃口を近付け、引き金を引いた。かちんと音がし、コルクが当たったぬいぐるみは棚から下に落ちた。
「そう言うやり方で良いんだ」
「じゃないと当たらないから」
「なら」
良い所を見せようと、必死になるれい。そういうところも可愛いと思えるましろ。くすくす笑ってる。
幾つかの景品を手に、参道を進む二人。
「あんなにムキにならなくても」
「ましろさんに、どうしてもあげたかったから」
「ありがとう」
境内から少し離れた場所に来た。据え付けられたベンチにそっと腰掛ける二人。
「この辺が良いの。ちょっとした穴場なんだから」
確かに人は少なかった。
「穴場?」
一体何が始まるのか、れいが聞くと。ましろがある方向を指さした。ちょうど始まったとばかりに、ひゅるひゅると火の玉が打ち上がり、上空で大きく炸裂した。その様子はまるで……
「真夜中の花」
ぽつりと呟くれいの肩をそっと抱くましろ。
「花火よ。見た事無い? なら思い出に、一緒に見ましょう」
次々に打ち上がる花火。轟く音は腹に響く。しかしそれも夜空を彩る鮮やかな一瞬の花々の、開花の合図。
綺麗、と呟くれい。ましろの浴衣の裾を握ったまま、ぼんやりと空を見上げる。ましろもれいの肩を抱き、見上げる。
れいは、ましろを見た。彼女の瞳に映る花火もまた、美しい。
もっと近くで、見たい。
いや、見るだけじゃなくて……
れいはぐいと近付くと……そのまま唇を重ねた。
ゆっくりとお互いの唇の味わいを楽しむと、そっと離れる。そうしている間も、花火は次々と打ち上がり街を、境内を、人々を……そしてふたりを照らす。
「もう、どうしたの、急に」
「な、なんとなく」
「人目も憚らず大胆なんだから。……でも、何だか楽しみが増えた気がするわ」
「増えた?」
「帰ったら、続き、しましょうね?」
ましろの意味ありげな微笑み、そうしてぐいとれいの肩を抱きしめ、もう一度口吻を交わす。
彼女の言いたい意味を察したれいは、耳まで赤くなると、ましろに寄り掛かったまま、うん、と頷いた。
ましろはれいの艶の有る黒髪をそっと撫でた。
そうして、二人は花火を見続けた。
夏の終わり、ふたりのはじまりを告げる真夜中の大輪は尽きる事なく続く。
end