自転車に乗って

 小春日和の今日は、風も温かく絶好の自転車日和。近くの店までお買い物。今はその帰り道。
 夏恵のミディアムの髪が風になびく。綺麗な栗毛色のそれは私の鼻先をかすめ、彼女自身の良い香りも運んでくる。
「ちょっ、晴美。何処触ってんのよ」
 自転車をこいでいる夏恵の声がうわずった。その原因。後ろに座る私が彼女の豊かな胸に指を這わせ大きさを確かめてるから。うむ、昨日と変わってない。私はもう何年もずっと負けっ放し。軽い羨望と嫉妬が私の指を更に動かす。
「これ以上変な事したら振り落とすからね?」
「変? 例えばこんな?」
 私の悪戯に、びくりと鋭く身体を反応させる夏恵。スカートの上からでも、少し強めに触ると、気になるもの。
「ばっ馬鹿! 晴美の馬鹿!」
 赤信号になって自転車を止めるなり、後ろの私に食ってかかる。私は変わらずデリケートな部分を玩ぶ。
「ねえ、晴美ホントやめてってば……」
 頬を真っ赤にして、怒りと、何かを我慢するのが混ざった顔を向ける。ああ、この表情好きなんだ。ちょっとつり目でシャープな印象の彼女、それが少しこわれかける感じ。対して少し丸っこい顔つきで長い黒髪の私は、何故夏恵に愛されてるんだかちょっと分からない時が有る。でも、私が夏恵を好きなキモチと彼女が私に対する「キモチ」が一緒だって事は、もう何年も一緒に暮らしてて、肌で感じる。
 私達にお構いなしと言った感じで、様々な色、形の自動車が目の前の大通りを飛ばしていく。そのたびに、私達の髪が強引に煽られる。排気ガスがいがらっぽくてちょっとむせるけど、この大きな道を超えたら、あと信号はひとつだけ。そのまま家までのんびりと田舎道が続く。四季に応じてすてきな風と匂いを運んでくれる、私と夏恵お気に入りの道。
「ほら、もうすぐ青だよ」
「帰ったら、ころす」
 顔を前に向けて、夏恵は唸るとペダルに力を入れた。
「ころすって、また物騒な」
「意味、分かってる癖に」
 夏恵のぶーたれた口調に、私は思わず笑った。
「今、笑ったね?」
「気のせい気のせい」
 ゆっくりとこぎ出したので、力が入りやすい様、そしてバランスが取りやすい様、そっと夏恵のお腹に腕を回す。自然と、背と胸が密着する。
 夏恵のお腹周りはスレンダー。でも胸は私よりも……。背もすらりと高くスタイルの良い彼女はまるでモデルみたい。対する私は、背も小さく、スリーサイズも寸胴的。夏恵とは大違い。私達は、食事も何もかも同じなのに、どうしてこう差がつくんだろう。天は二物を与えずとは良く言ったものね。
 だけど、ひとつ言える事。
 私と夏恵は、いつも二人、同じ時間を共有してる。
 彼女のお気に入りの鼻歌が聞こえる。ぴたりと背中に耳を付け、身体の内からの反響と合わせて、楽しむ。

「最近また太ったでしょ、晴美」
 次の赤信号で止まるなり、夏恵は振り向きざま私に言い放った。
「そんな事ないよ。夏恵の胸ほどじゃ」
「嘘ばっか。自転車こいでると分かるから。家帰ったら風呂場の体重計で確かめてやる」
「やめてよ、悪魔の所業だよ。残虐行為だよ」
「晴美こそやめてよ。自転車こぐ時しんどいでしょ?」
「良いじゃん、別に」
 今度の赤信号は短かった。またこぎ出した夏恵は、私の顔をちらちら見ながら呟く。
「ひどくない?」
「良いダイエットになるから」
「じゃ晴美がこぎなよ」
「私は後ろに乗る専門だもん」
「ひどいんだ」
「愛してるよ夏恵」
「こう言う時にそう言うの卑怯」
「本当だもん」
「わかってるけどさ」
 夏恵は自転車の速度を上げた。私達の家まで、もうすぐ。夏恵の「ころす」と言った事がどう言う行為なのか確かめられる。どんな内容か過去の事を思い返し今日はどうなるのか想像すると、ドキドキしてきた。やばい、身体密着してるから夏恵に気付かれる。
 夏恵がちらっと振り返って、笑った。ちょっと、夏恵笑ったよ、今。もっとドキドキしてきた。
 早く着いて欲しいけど、もう少しこのドキドキを味わいたくもあり……、困っちゃうね。迷い多き子羊に救いあれ。私と密着してるのは狼かも知れないし、羊かも知れないけど、それは帰ってからのお楽しみ。

 やっぱりドキドキする。

end

思い付きでもうひとつ。
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