タミフル


「インフルエンザだってさー怖いよね由那」
 そう言いながら、銀はベッドに横たわるあたしをつんつんとつついた。
 喉が痛い。
 余りの痛さに喋る事もままならず、当然食事どころじゃない。何とか医者に診て貰ったが、いわゆる流行性何とか、つまり銀の言う通り「インフルエンザ」と言う診断だ。喉の痛みも症状のひとつらしい。あたしが呻いてるのを良い事に、銀はここぞとばかりにマシンガントークを繰り広げる。
「そうだ、さっき買ってきたプリン、ひとつ食べて良い? 私お腹すいた」
(それさっきも言ったしもう三個食べてるだろ! 全部食う気かよ!?)
 あたしは突っ込みを声に出そうとしたが無理だった。ぜえぜえ言うのがやっと。思考もうまく回らない。
「じゃあ、そう言う事で」
(じゃあ、じゃねえよ!)
 反射的に出てくる突っ込みも声に出せない辛さ。後で銀にインフルエンザがうつったら、色々仕返ししてやる。

 とにかく、身体が重い。

 一方横に居る銀はやりたい放題だ。お菓子を食べたり、スポーツドリンクを飲み干したり、嫌がらせに近い。
 しかし今のあたしに出来る事は殆ど無く……
「好きにしろ」
 とようやくそれだけ口にして、ベッドの中で背を向けた。
 熱っぽい。と言うか悪寒もする。これは本格的にまずいかも。そうぼんやりと思いながら、薬を飲む事すら忘れ、あたしは意識を失った。

「目が覚めた? 由那」
 ふと目覚めたあたしの目の前に、銀の顔があった。思わず仰け反る。近い、近過ぎる。お互いの鼻が当たる程近い。
「わりと寝てたけど、治った?」
「そんな……すぐ治るか」
「大分喋れる様になったなら大丈夫かもよ? 何か食べる?」
「今は、良い」
「そっか。プリン有るから食べると良いよ」
「だから今は……ってプリン? 全部食ったんじゃ」
「由那の為に買い足して来ました」
「……そっか」
 後で食べる、とだけ言って、あたしは毛布を掛け直す。銀はじっとあたしの顔を見ている。興味深そうにあたしの顔を見ている。その目つきはどこで覚えてくるんだか。
「何だよ。あたしの顔に、何か付いてる?」
「いや、辛そうだなって」
「実際辛い」
「変わってあげられたらね」
 銀はそう言って、まるで猫か犬をあやすみたいに、あたしの頭を撫でた。
 そう言うのは止めてくれ……くすぐったい。苦手なんだ。特に、銀にされるのは。
「ま、でも由那が病に倒れても、私は負けない。由那の愛を勝ち取るまでは!」
「意味解らん」
「とりあえず、して欲しい事が有ったら何でも言ってね。横で待機してるから」
「馬鹿。うつるぞ」
「こんだけ一緒に居るのに、今更うつるうつらないとか、おかしくない?」
 ……正論だ。あたしは喉がまだ痛いのもあって、うまく言葉に出来ないで居る。
「ともかく由那さんや。もっと私を頼りなさい」
「下心が見え見えで」
「ソンナコトナイヨ」
「何で棒読みなんだ」
 銀は横を向いて口笛を吹き始めた。何を企んでいる?
「まあ時間も時間だし、私、お風呂入ってくる。由那も入れたら後で入ると良いよ」
 頷くあたしを見て、銀は笑顔で言った。
「何かあったら直ぐに言うんだよ?」
 こう言う時に見せる、銀の微笑みは何と言うか卑怯だ。ずるい。あたし好みの、ちょっとはにかんだ彼女の笑みが……。人が弱っている事につけこんで……と疑いたくなる。
「……ありがと」
 仕方なしにと言うか、他に言葉が無くて、ぽつりと銀に言う。
「その言葉を待ってたよ、由那」
 銀はあたしの呟きを正確にキャッチして、うきうき気分で風呂に入った。

 随分長い時間風呂に入っているな。
 あたしは時計を見ながら、疑問が不安に移るのを感じる。
 重たい身体を何とか起こして、風呂場を覗く。

 銀が浴槽の中でのびていた。

 その直後何をしたかあたしは覚えてないが、とりあえず脈拍だとか呼吸の正常を確認して、ただののぼせだと判断した後は……、重たい身体を引きずり(今のあたしの、と言う意味だ)、銀を彼女のベッドに寝かせ、ぱたぱたと団扇で銀の顔を扇いでいた。
「何やってんだか」
 思わず呟きが口に出る。
 まさかの溺死かと一瞬最悪の事態も考えたけど、そこは銀と言うか、ちゃっかりしたものだ。
「ああ、由那さんや。ここはどこ?」
「お前のベッドの上。何で、のぼせるまで湯に浸かってたんだよ?」
「何か気持ちよくなって、寝ちゃった」
「あのなあ……」
「ああ、気持ち良いと思ったら、由那が団扇で……」
 心なしか、銀も元気が無い。
 もしや、既に病気がうつっていたからこうなったとか? 銀のおでこを触ると、確かに「のぼせた」にしては体温が高い。
「明日は銀の番だな」
「何が?」
「医者だよ。昨日はあたしを銀が連れてってくれた。明日はあたしが銀を連れて行く」
「そっか。いやー、持つべきは……」
「あたしの薬少し飲んで寝てろ」
「はい」
 いつになく言葉少なで、落ち着いた、いや、静かな銀。なんかこう言う彼女も悪くはないけど、やっぱり普段の元気な方が良いかも知れない。
 薬を用意していると、いつしかニヤニヤ顔になっていた銀はあたしに聞いてきた。
「口移しで?」
 あたしは有無を言わさず、銀の口をこじ開け、薬を放り込んだ。

end

関連作「月下の晩餐」
関連作「ポッキーゲーム」
関連作「古い日記」
関連作「クリスマ」
関連作「三が日」
関連作「小説とは?」
関連作「バウムクーヘン」
関連作「刻み野菜のスープ」
関連作「パンケーキ」
関連作「微睡み」
関連作「ポトフ」
関連作「きつねうどん」
関連作「水炊き」
関連作「秋の味覚」
関連作「春の味覚」

症状は自身の実体験を基に。看病系。
back to index
inserted by FC2 system