ふしぎなマドモアゼル


「お姉さん、ボクに興味があるの?」
 隣に座った小柄な娘……まるで童話の世界から飛び出て来た男の子みたいな……から、突然聞かれて私は口にしたコーヒーカップを落としそうになった。
 ややハスキーな声、つぶらな瞳、少しクセのあるふわふわな髪……。ちらちらとは見ていたけど、改めて視界の正面に捉えると、華奢な身体をカッコ良く見せたいのか、男の子が着る様な服を見事に着こなしていた。微かな胸の膨らみも服の皺に隠れ……気を付けなければ本当に「少年」と勘違いしたくなる。
 でも。じっと見ると、そのまだ未熟だけど長めの睫毛、細く柔な指先、少し紅く染まった頬、薄く塗られた洒落た口紅……やっぱりこの子は女の子。
「ボクと少し話、しない?」
 そう言って私との距離を詰めると、手にしたレモネードをストローからつつっと吸い上げる。その唇に目線がつい行ってしまう。それを知ってか知らずか、彼女は前にのめった髪をふぁさっとかきあげ、私を見て、にっ、と笑った。
 ……私が虜になるのに十分過ぎた。

「お姉さんは何の仕事を?」
 聞かれたので、テーブルに散らかっていた資料やら原稿等を適当に鞄に詰め込む。これでも一応、見られてはいけない物ばかりだ。
「まあ、記者でもあり、編集者でもあり、……要は何でも屋ね」
「ふーん。変わってるんだ」
「そうかしら。貴女はここで何を?」
「ボク? 何だと思う?」
 挑戦的な瞳で笑いかける彼女。
「そうね……」
 ここでもう一度彼女を見る。首にヘッドホンを掛けて、周囲の雑音が気に入らなければそれでシャットアウトするつもりらしい。彼女の服装に、私達が居る喫茶店、このシチュエーションと言えば……いや、止めておこう。恐らく映画の見過ぎだ。
「そんなに考え込むかな? ちょっと遊びに来ただけだよ」
「遊びに? 貴女が?」
「そ。ここ、ボクの街だもの」
 外の通りを指差して、まるで全てが自分のモノ、みたいな雰囲気。
「大きく出たわね。でも貴女の言い方、嫌いじゃないわ」
 掛けていた薄手の眼鏡を少し直して、もう一度彼女を見る。ふわふわな髪の毛に触りたい。けど、いきなりそんな事するのはマナー違反。
「お姉さんも、変わってるね。目ざとくボクを見つけるなんて。どうしてボクが気になったの?」
「そうね……名前を聞かせてくれたら話しても良いけど」
「お姉さんずるいな。名前を聞く時はまず自分から、じゃない?」
 またも一本取られた。この娘、口達者なのか、手慣れているのか。ますます興味深い。
「私はエレナ。貴女は?」
「ボクはミシェル。改めて、はじめまして? だね」
「こちらこそ。何だか貴女に口説かれてるみたいね」
 私は何だかおかしくなって、くすっと笑った。
「エレナさん」
 不意に真面目な顔をして、ミシェルは私の顔をじっと見た。
 ……何かマズイ事でも言った? それとも周囲の様子がおかしいとか? ちらりちらりと周囲を見るも、変わった様子は無い。
「そう言って、エレナさんこそボクを口説こうとしてない?」
 少し怒った様な、それでいて何処か嬉しそうな口ぶり。
 この娘にますます興味が湧いてきた。
「あら、じゃあバーにでも行く? それともここでもう少しゆっくり話す? 別の場所でも良いけど」
「エレナさん、慣れてるね」
 ひゅーと口笛を吹かれる。慣れてるのはそっちじゃない、と思わず言い掛けるも、ぎりぎりの所で抑える。そんな私を見て、ミシェルは言葉を続けた。
「そう言えば最初の質問に答えてくれてないよ。エレナさん。何故?」
「え? どんな質問だったかしら」
「はぐらかさないで。どうしてボクが気になったのって話さ」
「それは……」
 じっとミシェルを見る。答えは一目見た時から決まってる。

 貴女が、可愛いから。私だけの天使に見えたから。

 でも、こんな事言ったらきっと笑われそうで。

「天使ね。最高の誉め言葉だよ。有り難う」
 ぱあっと、向日葵の様な朗らかな笑みを、私に向けた。
「えっ!?」
 どきりとした。汗が滲む。この娘、何で私の胸の内を? 同時に、彼女の笑顔に心奪われてる私の感情にも驚く。
「ボクは気が向いたらここに来るよ。お姉さん……エレナさんもたまに遊びに来てよ。もっと話、したいな。じゃあね」
 そう言うと、ミシェルはひょいと椅子から降りて、そのまま人混みをすり抜けて、何処かへと消えた。

 残されたのは、呆然としたままの私、彼女が飲みかけのままのレモネード。
 そこでふと気付く。
 レモネードの勘定、私に押しつけたな。
 でもいいわ。それ位払ってあげる。
 また貴女と会えるなら。
 いいえ、きっと会ってみせる。
 決意にも似た感情と、彼女の笑顔を胸に仕舞い、私は席を立った。

end

新和涼さんのツイートとイラストを元に、私なりの解釈でタイムアタックSS化。
イラストの娘、可愛いので必見です!
何とこちらではこのSSの挿絵まで! 新和涼さん、本当に有り難う御座います!
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