秋の味覚


 鮮魚コーナーで秋刀魚を見つけた。今が旬、と店員さん一押しだ。
 塩焼きも食欲をそそる。熱々の身をほぐして、ほろ苦いワタと一緒に食べるもまた酒に合うし、大根おろしを添えれば、ご飯が進む。
「今日は鮮度が良いから、刺身がオススメ」
 その一言でピンときた。身のふっくらと肥えたのを何匹か選んで、三枚におろしてもらった。

「ほほー、それで刺身ですか由那さんや」
 台所に立つあたしの回りをうろうろする銀。包丁持ってるんだから危ない、と言うと、ぐいと身体を密着させた直後に三歩下がった。
「一歩進んで二歩下がる〜」
「三歩だろうが。くだらない事やってないで、食器準備して」
「はいよっ」
 今日は妙に銀の機嫌が良い。まあ、そう言う日も有るだろうな、と思いつつ、目の前の秋刀魚に集中する。

 店で三枚におろしてもらった秋刀魚を、まずは腹骨をすき取り、血合いの小骨はV字に刃を入れてまるごと取る。そうして骨を取った身をくるりと返し、包丁の背で薄皮をぴーっと剥いでいく。慣れないとボロボロになるけど、コツを掴むとこれが結構楽しい。
 そうして下ごしらえが終わった身を、斜めにそぎ切りにしたり、木の葉作りにしたり、隠し包丁を入れながらの太切りにしたり、ささっと皿に盛り付ける。銀はショウガ醤油で食べるのが好きだったからおろしショウガを準備して……後は、小ぶりなニンニクを薄くスライスして、あたし用の薬味に。
 同じく、店で買って来たキノコで作った味噌汁も出来上がった。振り向いて呼ぼうとしたけど、前に銀はあたしの後ろで待っていた。様子を観察されていたらしい。
 ともかく、食器も準備完了。楽しい夕餉の始まりだ。

「んまいっ!」
 銀は秋刀魚を一切れ食べると、自分の頬を撫でて全身で喜びを表現している。
「まあ、今が旬だし」
 あたしも刺身を一口。脂が乗っていて美味。とろける様な外側に、ぷりっと締まった身が絶妙なハーモニー。下手な回転寿司屋で食べるトロなんか目じゃないくらいに美味しい。ついついご飯が進む。
「秋刀魚は良いよね。美味しいし。それで塩焼きは?」
 銀の問い掛けに、あたしは、えっという顔をして答えた。
「今夜は刺身だけ」
「えーっ」
 不服と言う顔をする銀。
「塩焼きならいつでも出来るっしょ。刺身は旬の、新鮮な今じゃないと」
 言いつつ、もう一切れ食べる。二切れ目もやっぱり旨い。
「うん。知ってる」
 銀はあっさり言うと、ひょいと刺身をつまんで食べた。
「なら何で聞いた」
「あるかなーと思って」
「どんだけ食べるつもりだよ」
「ほら、食欲の秋って言うじゃん?」
「食い過ぎ」
 ぼそっと言ったあたしに、銀はまたも不満そうな顔をして言う。
「だって美味しいんだよ? 美味しいものはちゃんと美味しく頂かなくちゃバチが当たる!」
「一応三匹分買って来たんだけど、銀、もう半分無いってどう言う事よ」
「いやー美味しいから」
「あたしの分も少しは置いとけよ」
「ちぇー」
 銀は不満げに、もう一切れつまんで食べた。まるで話を聞いてない。
 あたしも刺身をつまむ。そうだ、と思い出して、小鉢に分けておいたニンニクのスライスを身に載せて、一緒に戴く。ニンニクのピリッとしたパンチと爽やかさが、秋刀魚の脂身をより風味豊かなものへと引き立たせる。試して正解だった。
「由那さん、何でニンニク薬味にしてるの?」
「銀はショウガ使ってるから良いかなって」
「私もそれ少し食べたい〜」
「はいはい」
 私がしている事はすぐにマネしたがる。そうして、食べると、んん〜、とまたも嬉しそうに口をもぐもぐさせる。
「ショウガ醤油も美味しいけど、ニンニクも何か変わってる。美味しい。由那どこでこれを?」
「ん。ちょっとね」
「えー。教えてくれても良いのに。私達、隠し事は無しって決めてたのに」
「決めてないし」
「あれぇ〜?」
 まあ本当は、昔家族に連れてって貰った高級な寿司屋で出て来た盛り付けを思い出して真似ただけなんだけど、そう言うと由那が拗ねる気がして。内緒。
「で、銀はあんまりニンニク食べない方が良いんじゃないの? 明日仕事は? 臭うよ」
「む。拙者明日バイトでござった。でも大丈夫、こんな事も有ろうかと……あれ? ブレスケアが無い」
「ダメじゃん。ちょっとにしときなよ」
「ぐぬぬ、謀ったな由那さん。君は良い友人だったのに……秋刀魚がいけないのか」
「何一人芝居してるんだ。ほら、キノコの味噌汁冷めちゃうよ」
「おっといけない。こっちも美味しいんだよね〜」
 ずずず、とお椀に口を付ける銀。最近、よく食べる。やっぱり「食欲の秋」なのか?
「しかし、秋刀魚もおろせるとは由那さんやるねえ。ますます欲しくなるよ」
「秋刀魚を?」
「それも欲しいけど、由那さんが」
「あたしを何だと思ってるんだ」
「そりゃ、もう大事に思ってますけど?」
 キレ気味に、でも本気っぽく言われたあたしは思わず目が泳いだ。気にしないフリをして、刺身を一切れ。動揺しても、美味なものは美味。
「あ、照れてる。由那かわいい」
「うっさい」
 まあ、凹んだり悲しんだりしてるよりははしゃいでた方がまだ良いけどさ……TPOを弁えて欲しい、と思うのは贅沢か。
 あたしは銀がおかわり! と威勢よく差し出したお茶碗に、ご飯をぺしぺしと盛りつつ、そんな事をうっすらと考えた。
 でも、考えるだけ無駄かも知れない。なる様に、とはよく言ったものだけど。
 ともかく、美味しく頂ける事にも感謝……んんんっ?
「銀、秋刀魚殆ど無いじゃん! いつの間に!」
「すり替えておいたのさ!」
「何と」
「……薬味?」
「てめえ」
 結局殆ど食われるのか……もっと買っておけば良かったと後悔しつつ、あたしは味噌汁のお椀を手にした。

end

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いつもの二人、秋っぽい食事篇。
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