春の味覚


「おっ、これも安いね」
「だからって、買わないぞ」
 適当に商品を持って来る銀を、あたしはさっと手を振って追い返す。銀の本能の赴くままに買い込んでいたら二日ともたずに破産する。
「このポテチ、新しい味出たって。こっちのチョコも」
「それ、前に食べただろ。そのチョコも」
「あれ? そうだっけ?」
「しかもあたしが食べようとしたの、殆ど食べたの忘れた?」
「あー、そんな事も有った様な。じゃあ買うのを許す」
「買わねーよ。てか誰の許可だよ。しかもまた全部銀に食われる」
「ちっ、バレたか」
「食う気満々じゃねーか」
 あたし達は、今日明日の晩ご飯の食材を買いに、近くのスーパーに来ていた。

「由那さんや、珍しく菜の花ですよ」
 野菜売場で、銀が足を止めてあたしの服の裾をくいくいと引っ張る。
「ん? 菜の花か。菜の花自体は珍しくないけど……この時期に出るって珍しいかも」
「季節とかあるんだ」
「出回るのは冬から春先にかけてだから。今は結構遅いと思うんだけどな」
「食べたい!」
「前に食べなかったっけ? 少し独特の苦みがあるから、銀、苦手だった筈だけど」
「うえっ、そうだっけ?」
「でも、栄養は豊富」
「なら食べる」
「どう言う基準だよ」
「食べるから、由那のオススメ料理法でね」
「なんだかな。おひたしとかじゃダメ?」
「ありきたりー」
「うーん……」
 銀は菜の花のパックを幾つかまとめてを買い物カゴに入れた。菜の花料理待ったなし。しかし料理と言っても、レパートリーが思いつかない……ん? 加工肉コーナーで目を引くモノ発見。
「よし」
 あたしは頷いて、子供みたいにうろうろしがちな銀の手を引いて行く。

 早速スーパーから帰ると、菜の花の下ごしらえ。茎の硬い部分は包丁で適当に切り落とし、流水で優しく洗い流す。塩少々を入れたお湯で数分軽く湯がいた後、氷水に晒して色を鮮やかに。後は水から取り出して軽めに水気を絞っておしまい。
 次に、買って来た生ハムスライスのパックを開ける。「お徳用」なのでスライスされた生ハムがみっちり貼り付いてるから、慎重にはがしていく。それを適当な大きさにカット。
 茹でて水気を絞った菜の花は、ほぐして皿に入れてレンジで軽く温める。その上に生ハムを盛りつけ、オリーブオイルを少々回し掛け、軽く塩胡椒を振り……あとはふんわりと菜の花と混ぜて、洋風和え物の出来上がり。
 銀は興味津々にあたしの手元を見ながら、帰り際どさくさ紛れに買ったポテチをつまんでる。
「もうすぐ夕飯だけど、食べて大丈夫なの」
 銀は最後の一口をもふっと食べて胸を張った。
「こう見えても、私、小食ですから」
「余計に駄目だろ」
 菜の花と生ハムの和え物は多めに作ったので、もう一品。パスタを茹で、フライパンにオリーブオイルを敷いてガーリックと唐辛子で風味を出し……そこに茹でたパスタを絡め、先程の和え物を加えれば、生ハムと菜の花のペペロンチーノも出来上がり。
 別に取っておいた菜の花は、オーソドックスに鰹節と醤油でおひたしに。これも定番。残りの菜の花は、取っておくのも面倒だから、ざっくりと刻んでかき玉汁に入れてしまおう。
 さて、銀はどう言うかな。

「おおー」
 一口、食べた銀が言った最初のことばがそれだった。そうして、じっとあたしの顔を見た。
「それってどう言う意味よ。やっぱり、口に合わなかった?」
「いやあ、見事ですなあ由那殿。なかなか宜しくってよ」
「誰の物真似だ、それ」
「もっと苦いかと思ったけど、全然大丈夫だよ」
「そっか。なら良かった」
 銀はそれから暫く、菜の花と生ハムの洋風和え物をもくもくと食べ続けた。
 あたしも改めて一口食べてみる。強い個性が上手くプラスに働いてる感じ。生ハムのねっとりした食感と菜の花の瑞々しい口当たりもなかなか面白い、かな。そんな感想がぼんやりと頭に湧いた時、不意に銀が笑顔で言った。
「菜の花も味濃いけど、生ハムも味が濃いから、ちょうど足して良い感じ。私達みたいだね」
「その例えはよく分からない」
 あたしの言葉は無視して、銀は菜の花入りのかきたま汁をずずっとすすった。
「いいねー。何かほっとする味」
「それはどうも」
 次に銀はパスタに手を伸ばした。何口か食べて、うんうん、と銀は頷いた。
「おおー。このパスタうま! 由那さんや、これを作ったシェフを呼んできて頂戴な」
「目の前に居るだろうが」
「うーむ。ひとつの組み合わせから色々作るとは、流石は私の嫁」
「何回突っ込めば気が済むんだ。嫁じゃねえし」
「じゃあ私がお嫁さん」
「それも何度目だって話だよ」
「こう言う何気ない会話が良いんですよ奥さん」
「誰が奥さんだ」
「ちぇー。ノリが悪いな由那さんは」
「銀は飛ばし過ぎなんだ」
 あたしが呆れ気味なのを放置して、銀は菜の花と生ハムの和え物を食べ、パスタに手を出し、かき玉汁をすする。
「ん〜。春だねえ」
「まあね」
「こうやって季節を感じるんだねえ」
「年寄りっぽいぞ、その発言」
「あれ、そう?」
「えっ」
「えっ」
 お互い顔を見合わせる。
「ま、美味しいからいいや」
 銀は笑うと、また食べ始めた。さっきまで色々食べてたのに、この食欲は何処から来るのやら。

 結局、用意した食事は殆ど無くなった。おひたしが少々残ったけど、この分量なら……と思って口にする。
 悪くない。我ながら結構うまく出来てる。その筈なのに。
 でも銀は「何でだろう苦手なんだよね」と言って食べなかった。味付けの差でこうも好き嫌いが出るとは。
 料理は難しい。
 いや、難しいのは銀の性格と好みか。
 どっちにしろ面倒だな。

 ふと、なぜかあたしは口元が笑ってるのに気付いた。
 別に変な事を考えていた訳じゃないけど。

 さて、次は何を作ろうかな。

end

関連作「月下の晩餐」
関連作「ポッキーゲーム」
関連作「古い日記」
関連作「クリスマ」
関連作「三が日」
関連作「小説とは?」
関連作「タミフル」
関連作「バウムクーヘン」
関連作「刻み野菜のスープ」
関連作「パンケーキ」
関連作「微睡み」
関連作「ポトフ」
関連作「きつねうどん」
関連作「水炊き」
関連作「秋の味覚」

いつもの二人、春っぽい食事篇。
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