お姉ちゃんかく語れり

 珍しく酷い嵐となり、夜間哨戒任務も取りやめとなったその夜のこと。
 夕食後、暇を持て余す隊員達がミーティングルームに集い、窓の外で鳴り響く雷をよそに、かしましくお喋りに忙しい。
 暫く経ってそろそろお開きにしようかとなった頃、「任務」を終えたばかりのトゥルーデが合流した。
「よう遅かったなバルクホルン。飯は済ませたのか?」
 ルッキーニをあやすシャーリーが声を掛ける。
「ああ、軽くな」
 トゥルーデの顔色を見たシャーリーは、もう一度じっと見つめて、問い掛ける。
「どうした? なんか疲れてそうだな。何か有ったのか?」
「いや、デスクワークをしてきただけだ」
「お疲れトゥルーデ」
「何、大丈夫だ」
 迎えたエーリカに向かって笑顔を作ると、ソファーにどっかと座り込む。
 実はカールスラント空軍上層部からエーリカに関する書類上の諮問を受け、「上官」としてその回答を事細かに書いていたのだ。勿論、彼女を「擁護する」立場から。501の最先任尉官として、カールスラント空軍のトップエースとして、何より上官として、また同僚でもあるエーリカを見捨てるなど出来る筈も無く、ミーナも巻き込んで全力でカバーする。ある意味カールスラントの三人は最強のトリオであると言える。
 ミーナは、大丈夫よ、と言って後押ししてくれた。お偉い方との交渉に長けた彼女の助力も有れば万全だろう。今回の件も全く心配はしていない。だが、時折こう言った事が起きるので、如何ともし難い。トゥルーデは誰の顔を見るとでもなく、大きく息を付いた。
「そっか、デスクワークか。お疲れさん。気晴らしにこれなんかどうよ」
 シャーリーがどこからともなく取り出したボトル。ラベルをちらっと見る限りでは、何処かのウイスキーらしい。
「中身、工業用アルコールじゃないだろうな?」
 訝しむトゥルーデに、シャーリーは笑った。
「他の国はどうだか知らないけど、流石にそれはないな。第一身体に良くないだろ。ま、気付けと言うかリラックスついでに、飲んでみなよ」
 グラス代わりに置かれたカップに、液体をこぽこぽと注ぐ。琥珀色をしたその“ウイスキー”は、何処か薬品を思わせるスモーキーな香りをほのかに漂わせた。微かながらも妙な匂いの前に、トゥルーデは先日の肝油やらハーブティーやらを思い出し、怖じ気づく。
「これ、まさか少佐が薬用に……とかじゃないよな?」
 タイミング良く雷鳴が轟く。一瞬、全員の顔が青白く部屋に浮かび上がる。
「リーネが誰かから貰ったらしいよ。確か銘柄は、『エイラ』とか言ったかな」
「違う、私じゃないゾ!」
 スオムス出身のエースがサーニャの横で否定する。
「まあ、似た様な名前だよ確か」
「適当ダナ」
「こんな匂いのきついものでリラックス出来るのか」
「ま、ぐいーっと」
「そそ、グイーっとグイーっと」
 奨めるシャーリー、そして横で笑うルッキーニをしばし見るトゥルーデ。おもむろにボトルをぱしっと奪うと、皆のカップにも同じ量の液体を分け始めた。
「なら、皆で飲まないとな」
「えっ、何であたし達まで」
「どうせ皆今夜は非番だろう? 皆で楽しい方が良いじゃないか」
「皆で楽しく、か。堅物らしくない言葉だね」
「何だと」
「まあ、少佐も居ないし大丈夫か」
「少佐は酒癖がね〜。ミーナも困ってたよ」
 エーリカがぼそっと呟く。
「濃そうだから、少し水で割ったりしてみたい……」
 一同は、適当に薄めたりした後、同時にぐい、と呷ってみた。
 重たい蒸留酒。しかし味わいはどことなくクリーミーで微かに甘く、何とも不思議な酒である。
「悪くない。何かつまみが欲しいな」
「つまみ代わりに面白い話でもしようぜ」
「何の」
「そうだな……」
 言いながら、シャーリーはトゥルーデのカップに酒を注いだ。

 天気予報の通り、風と雨は弱まる事なく、建物を横殴りに打ち付ける。こんな時は部屋で楽しく過ごすに限る。
 程良く酔いが回ってきたところで、シャーリーは気になっていた事をトゥルーデに聞いた。
「なあ、あんたにとって、妹って何よ」
「んっ? 何だいきなり?」
 赤ら顔のトゥルーデは、同じくほろ酔い加減のシャーリーに聞き返す。
「あんたの筋金入りのシスコンっぷりはあたし達501はおろか遠く離れたアフリカの地にまで響く程だ」
「あ、アフリカ……? まさかマルセイユか? あの高慢ちきのお喋りめ」
 アフリカと聞いて即座にマルセイユを連想し口をとがらすトゥルーデを見、傍らでくすっと笑うエーリカ。
「まあそう怒りなさんな。で、どうなのよ」
「妹と言われてもな。私にとっての妹とは、クリス。まずはクリスだ。大事な私の妹だ。クリスは私の大事な……」
 壊れかけのレコードの如く言葉を繰り返すトゥルーデを止めて苦笑いするシャーリー。
「それは皆知ってるよ。他の奴はどうなんだ? あんたより年齢が下なら皆妹か? 前に言ってたよな」
「そうだったか?」
「確か中佐にも『お前は私の妹だ』とか言ってたじゃないか。あれは流石に常軌を逸してると思ったけどな」
「あー……」
 思い出したかの様に上を向くと、トゥルーデはゆっくり二、三度頷いた後、口を開いた。
「あれは言葉のあやだ。つまりだ、あの時言いたかった事は、皆家族だと言う事だ。それはつまり私の妹、と言う事だ」
「えッ、家族イコール妹なのか大尉ハ?」
 エイラの突っ込みを無視して、トゥルーデは独白を続ける。
「つまり、大切な事はたったひとつ。大事な仲間は家族同然、つまり妹と言う事だ。国籍も年齢も関係無い。私達が家族同然に思えるかどうかと言う事なんだ。ミーナも勿論妹だし、宮藤やリーネも妹だ。ペリーヌだって私の妹だぞ」
「えっ、わたくしもですの?」
 突然名前が出て驚くペリーヌ。構わずトゥルーデは言葉を続ける。
「エイラとルッキーニは態度、振る舞いどれをとっても実にけしからんが、まあまあ妹と言えなくもない。シャーリーも仲間と言う意味では私の妹だな。何より、サーニャは実に妹らしくて良いじゃないか。そうだ、サーニャにお姉さんは居ないんだったか?」
「……あの、私、一人っ子です」
「そうか。何か前にも聞いた気がしたがまあいい。少佐はちょっと微妙な感じだな。兄というか父というかそんな感じがしないでもないが、多分妹だろう」
「リーネちゃん、私達、いつの間にバルクホルンさんの妹に?」
「芳佳ちゃん、私達同じ妹なんだって。と言う事は、私達、同じ家族だよね?」
「えっ? ええっと? あ、う、うん?」
 別の意味で捉えて何とか頷かせようと必死のリーネ、訳が分からず咄嗟の返事に困る芳佳。
「バルクホルン、お前いつも以上に支離滅裂だな。そんなに飲んだのか?」
「飲めと言って飲ませたのはお前だろう、我が妹よ」
 いつの間にかへべれけになっているトゥルーデを前に溜め息を付くシャーリー。
 お構いなしに、また一杯呷ると、彷徨う視線を周囲に向けつつ、こんこんと話し続けるトゥルーデ。
「つまりだ。私が皆の姉で、皆が私の妹と言う訳だ。分かるか? 分からない? ふむ、ならば姉と妹の定義から始めようじゃないか。まず……」
「誰か大尉を止めろヨ」
 呆れ顔のエイラ。ちびちび飲みつつ隣で面白そうに話を聞いていたエーリカは、トゥルーデの顔に手をやり、問い掛ける。
「じゃあトゥルーデ、私は?」
「お前は違う」
 即答するトゥルーデを前に、ほほーと驚くエーリカ。一同も意外と言う顔をする。外で雷がちょうど良いタイミングで鳴り響く。
「私、妹じゃないんだ」
「いや、妹だ。あとお前の妹のウルスラ……ウーシュも私の妹だぞ」
「大尉、言ってる事、訳が分かりませんわ……」
「何で大尉にこんな飲ませたんだヨ?」
「飲むから、つい……」
 エイラがシャーリーの脇をつつく。あはは、と誤魔化し笑いをするシャーリー。
「エーリカ。お前は私の大切な相棒だ。そしてほら」
 手を取り、指を見せる。そこに輝くのは、一点の曇りも無いお揃いの指輪。
「私達は夫婦だ。だから妹とかそう言う次元ではないんだ」
「トゥルーデ、それってつまり……」
「そう。私達は……」
「おいィ、今度は二人でのろけだしたゾ。どうすんだヨ、これ?」
「とりあえず酔っ払い二人を部屋に戻そう」

 ぽいと部屋に放り込まれ、扉が閉まる。
「あ、あいつら、私をオモチャみたいに扱いやがって……いたた」
 尻をさすり文句を言うトゥルーデ。雷鳴がひとつ轟き、瞬間的に二人を照らす。
「トゥルーデ、飲み過ぎ。はい、水」
 コップに注いだ水を差し出すエーリカ。トゥルーデはふらふらと手を伸ばすと、一気に飲み干した。
「ああ、何か済まない、エーリカ」
「でも珍しいね、トゥルーデがみんなの前であんな風に酔ってずっと喋るなんて」
「そうかな?」
「お酒のせい?」
 トゥルーデは少しばかり覚めかけた頭で先程の言動を思い返し……顔を真っ赤にして
「そ、そう言う事にしておいてくれ」
 とだけ言うと、こそこそとベッドに潜り込んだ。
「みんなにいじられて、可哀相なトゥルーデ」
 エーリカはそう言うと、トゥルーデのベッドにするりと入り込む。
「お、おいエーリカ」
「私達、夫婦ですから。ね?」
「う、うん……」
 小さく頷くトゥルーデ。エーリカは笑うと、素敵な相棒であり夫……か妻か、は分からないが、愛しの人に唇を重ねる。
「ね、トゥルーデ?」
「有り難う、エーリカ」
 トゥルーデはまだ少しふらつく頭をエーリカに預け、目を閉じた。
 最愛のひとの温もりを感じながら、堅物大尉はしばしの休息。
 エーリカは、目を閉じたトゥルーデを優しく抱きしめると、もう一度、そっと優しくキスをする。愛情の印。
 幼子の様に腕を回し優しく抱き返してくるトゥルーデを華奢な身体で受け止め、エーリカはトゥルーデの頭を撫でた。
 そのまま、二人はゆっくりと、眠りに落ちていく。時折響く雷も、二人にとっては子守歌の如く。

end


ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ収蔵のSS No.1163「sister ban」絡み。
例によってNo.0450「ring」シリーズ続編のエーゲル。
そして同日避難所に投下した「thus spake elder sister」の別バージョン(プロトタイプ)。
皆様はどちらがお好みですか?
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