絵本
音も無く静かに暮れたその夜の事。
食事も終わり、幼いクリスはおねむの時間。トゥルーデはベッドにクリスを寝かしつけると、枕元の小さなランプを灯した。
「お姉ちゃん、おはなし聞かせて」
「ああ、いいぞ」
トゥルーデは手元に用意していた絵本を開くと、ベッドに横になるクリスに見せた。
「どうだ? 絵は見えるか? 何だったらランプを……」
「明るいのいやー」
「ああ、そうだ、もうすぐ寝るのだったな。悪かった。じゃあ、読んでやろう。良いか?」
「うん」
むかしむかし、あるところにそれはもうたいへんわるいおひめさまがいました。
おひめさまはうたがきらいで、うつくしいうたごえをもつひとがいるときくと、そやつのくびをはねてしまえ、というのです。
でも、けらいはそっと、とらえたひとたちをにがしてやっていました。
そのひもひとりのちいさなむすめがとらえられ、ろうやにいれられました。おひめさまはみすぼらしいすがたのむすめをみました。
むすめも、おひめさまをみました。そしてといかけたのです。
「どうして、おひめさまはわたしをつかまえたの?」
「それは、おまえのこえがきれいだから」
「わたし、うたなんてうたえないのに」
「へえ、それはおどろきね。なんでうたわないの?」
「わたし、がくふもよめないし、みんなからおんちだっていわれるの」
「ほんとう? じゃあ、このおととおなじようにこえをだしてごらん」
おひめさまは、ろうやからむすめをだすと、ピアノのまえにたたせました。そうして、おひめさまはすらりとのびたゆびで、ピアノのけんばんをたたきました。
「ド」
「これは」
「ミ」
「これは?」
「ファのシャープ」
おひめさまはたいそうおどろきました。このむすめ、ぜったいおんかんのもちぬしだったのです。
「ねえお姉ちゃん」
クリスがトゥルーデの袖を引っ張った。
「ん? どうした?」
「ぜったいおんかん、って何?」
「そうだな……その音が、どんな音か、わかってしまう能力だ。何気ない音でも、全て音の高さ低さが分かるんだ」
「すごい。まるでお姉ちゃん達の使う魔法みたい」
ははは、とトゥルーデは笑ってクリスの頭を撫でた。
「私達の魔法とは違うぞ。これは、若いうちに訓練すれば、身につくものらしいぞ」
「お姉ちゃんのお友達にも、居る?」
「そうだな……ミーナか、サーニャ辺りは絶対音感を持って居そうだな」
「すごい、聞いてみたい」
「分かった。今度二人に話を聞いてみよう。……さあ、絵本の続きを読むぞ」
「うん」
「このむすめはすごいわ!」
おひめさまはいままでしてきたことをすべてわすれて、むすめのまえにかけよりました。むすめはいいました。
「どうしてないているんです、おひめさま?」
「わらわは、こういうむすめをさがしていたのかもしれない……ああ、まちのひと、ゆるしておくれ」
「なら、うたいましょう、おひめさま。おひめさまはピアノがじょうず。わたしもあわせて、うたいます」
「ほんとうに? なら、いっしょにえんそうして、うたいましょう」
おひめさまはピアノがじょうず。でもじつはおんちでした。むすめはとてもうつくしいこえに、ぜったいおんかんのもちぬし。でもがくふはよめません。
けれど、ふたりがいっしょにえんそうしてうたえば、それはとてもうつくしく、すばらしいおんがくとなりました。
おしろからひびくすてきなおんがくに、まちのひとたちはしぜんとたのしくおどりだしました。
それからおひめさまとむすめは、ピアノのめいじん、うたのめいじんとして、ひとびとからずっとずっとあいされました。
「……何だこの中途半端な話は。しかもオチが微妙だな。まあ、どうだったクリス? ……ん?」
静かに眠るクリスを見る。そっと頬に手をやる。規則正しい呼吸から、クリスはいつの間にか眠ってしまったらしい。
やれやれ、と微笑むトゥルーデ。
「まあ、トゥルーデは絵本読むのが上手いからね〜」
いつの間に後ろで聞いていたのか、エーリカがあくびをしながら呟いた。
「エーリカ、お前、いつの間に」
「ベッドの前で熱心に絵本読んでるから、あーやっぱりねって思ってさ」
トゥルーデはそっと絵本を閉じた。
「クリスの為なら、これ位、なんて事ないさ……しかしこの絵本。本屋で選んだのはエーリカ、お前だぞ?」
絵本をまじまじと見た後、エーリカをじと目で見た。
「何か面白そうだったし……まあ、でも彼女ちゃんと寝たし、良いんじゃない?」
にしし、と笑うエーリカ。
「まあ、良いか」
「ねえトゥルーデ、私には絵本読んでくれないの?」
「読む絵本も無いだろう」
「あるんだな、これが」
腰からすっと一冊の小さな絵本を取り出すエーリカ。
「なっ! いつの間に買っていた?」
「声が大きいよ、トゥルーデ。ねえ、読んでよ?」
「絵本位、自分で読め」
「つれないなあ、トゥルーデ。じゃあトゥルーデの耳元で読んであげる」
「道連れにする気か」
「トゥルーデが読んでくれるって言ったらね」
「じゃあ、明日早起きするか?」
「トゥルーデが起こしてくれるんでしょ?」
「結局そうなるのか……」
トゥルーデの諦めにも似た溜め息を聞くと、微笑みながらトゥルーデの袖を引っ張るエーリカ。
「ねえ、トゥルーデってば」
「分かった分かった。ほら、ベッドに行くぞ」
「やったー。トゥルーデ大好き」
「まったく……」
まんざらでもない様子の“お姉ちゃん”。
二人にとっては、夜はまだまだこれから。
end
ツイッター発の企画「一斉即興小説」。お題は「優しい寝物語」。お馴染みのコンビでチャレンジしてみました。
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