shocking party

 その“戦闘用衣装”を渡されたトゥルーデは固まった。服を持つ手がわなわなと震える。困惑は怒りへと変わり、無表情なままの中尉に矛先が向けられた。
「これは一体どう言う事だ!? 説明して貰おうか?」
 怒鳴り声に憶する事なく、エーリカと瓜二つの双子の妹、ウスルラ・ハルトマン中尉は黒板にチョークで数式と簡単な図をすらすらと書きながら答えた。
「試着して頂く理由は二つあります。まず、その衣装が戦闘時の機動に与える影響を調べます」
「空気抵抗軽減と言う意味では、これではかえって悪くないか? なあ、ハイデマリー少佐」
 同じ服を渡されたハイデマリーは、何故かうっとりと見惚れている。
「……ハイデマリー少佐?」
 名前を呼ばれ、はっと我に返るハイデマリー。こほんとひとつ咳をして、トゥルーデに向き直る。
「いえ、ハルトマン中尉の提案ですから。私も今夜、ナイトウィッチとして試験飛行したいと思います」
 答えを聞いたトゥルーデは、ええー、と思わず幻滅が声に出る。もう一度服を見る。可愛いフリルで飾られ、フリッフリの……まるで酒場か劇場のダンサーが着る様な服。しかもご丁寧に、ベルトにまでしっかりとフリルが付いている。
「このベルト……ストライカーユニットを装着する時邪魔になりそうだが」
「ならない様にぎりぎりの部分で採寸してますから問題有りません」
 トゥルーデの詰問口調の疑問は次々とウルスラに向けられる。それにすらすらと答えるウルスラは技術者の顔をしていた。
「ハイデマリー少佐の服は、確かに黒系統の色が使われているから夜間戦闘ではそこそこ良いだろう。腹部の白い部分が気にはなるが。しかし私のは何故赤なんだ? 迷彩にも何もなってないぞ。この色の意味は? 敵を引き付けるとかそう言う事を意図しているのか?」
「大尉の服が赤いのは、ファンサービスです」
 ぼそりと呟くウルスラ。
「は? ファン……サービス? 一体誰に?」
 固まるトゥルーデ。
「わったしだよー」
 ウルスラの肩をもみもみしながら現れたのは、トゥルーデの相棒、エーリカ。
「何故だ!?」
 トゥルーデは頭を抱えてしゃがみ込んだ。全く意味が分からない、と言った表情。
「まあ、半分は本当って事で良いじゃない」
「良くない! 何でお前を喜ばせる為に……」
「近々ミヤフジが留学で近くに来るらしいから、その服で出迎えたら驚いて喜ぶんじゃないかって、ウーシュと話してたんだよ。ね?」
 ウルスラの顔を見てにやけるエーリカ。
 トゥルーデはすっと立ち上がると、真顔で我先にと更衣室に向かった。

「どうだハルトマン? 似合ってるか?」
 両手を腰に当て、誇らしげに服装を見せるトゥルーデ。
 まさか本当に着るとは思わなかった、とは口が裂けても言えないエーリカ。
「流石は姉さま。バルクホルン大尉の事をよく分かってらっしゃる」
 感心するウルスラ。
「まあねー、何だかんだで付き合い長いし」
 少々呆れが入った顔でトゥルーデを見るエーリカ。ウルスラは早速メジャーを持ち出すと、再度、服の採寸を行った。
「腕を伸ばして下さい、そう、そんな感じで……事前の測定通りですね。問題有りません」
「流石はハルトマン中尉だな。で、テストは? すぐか?」
「まずはストライカーユニットを装着出来るか、試験的に装着して頂きます」
「装着だけならおやすい御用だ。さあ行くぞ!」
「……ノリノリだよこのお姉ちゃんは」
 完全に呆れるエーリカ。
「何か言ったか?」
「別にー。何でもなーい」

『……ああ、飛行も問題無い。これから何通りかの戦闘機動を行ってみるが、よくチェックしていてくれ』
「了解です、大尉。お気を付けて」
 ストライカーユニットの調子が良い、とそのまま格納庫から滑走路に出て、飛行するトゥルーデ。ウルスラは地上から観測機材を持ち出し、その様子を記録する。時折メモを取りながら、双眼鏡を片手に上空のトゥルーデを追う。
 フリルの服は、ベルトもストライカーユニットに干渉しないぎりぎりの部分で作られ、装着や動作には問題無かった。
 一度空に昇れば見事な軌跡を描き、教科書通りの完璧な機動をこなすトゥルーデ。フリルの服が風に靡き、まるで美しいワルツを踊る可憐な娘のよう。
『悪くないな』
「良かったです」
 短くも率直な感想を聞き、まんざらでもない様子のウルスラ。
「やっぱり私の理論は間違ってなかった。あとは……」
「良くない」
 むすっとした声、そしてBf109の特徴的なエンジン音が迫る。ストライカーユニットを装着し、タキシングで近付いて来たエーリカだった。
「え? 姉さま?」
 意味が分からない、と首を傾げるウルスラ。その仕草が癇に障ったエーリカは、先程の言葉を繰り返した。そしてウルスラの脇を強引に抜けると、そのまま空へと昇った。

「トゥルーデ!」
 それまでるんるん気分で飛んでいたお姉ちゃんは、苛立ちが籠もった呼び方をされ、びっくりして振り返る。
「んんっ!? ハルトマン、どうした?」
 エーリカはトゥルーデの周囲をぐるりとロールして服のひらひら加減を確かめると、不意に呟いた。
「私と模擬戦しよう」
「何をいきなり」
「まだ魔法力充分残ってるよね? 今夜の食事当番を賭けて、勝負!」
「おいおい、どうしたって言うんだ? 待てハルトマン。今は……」
 制止するトゥルーデをよそに、エーリカはドッグファイトの構え。模擬戦の武器は無い。しかし、背後を数秒取ったら勝ちと言うシンプルなルールで挑んで来るのは明白。
(何だか分からんが、とりあえず実力で黙らせるしかないか)
 トゥルーデは頭を二度軽く振ると、鋭くターンしてエーリカを追った。

「これは……素晴らしいデータが取れそうです」
 思わぬ展開に気分が高揚し、記録するメモが増えて行くウルスラ。機材を見てデータをチェック、双眼鏡で二人のマニューバを観察、大忙しだ。
「困ったものね、二人共」
 そこに現れたのはミーナだった。
「あ、ヴィルケ中佐」
「ハルトマン中尉。あの二人を止められない?」
「何故ですか? 飛行テストに模擬戦、これは絶好の機会……」
「既にそう言う事でなくなっているから」
「えっ?」

「どうしたミーナ……何、模擬戦中止? 理由は? ……分かった。了解だ」
 無線越しに聞こえるミーナの指示に従い、速度を落とす。すぐさまエーリカが真後ろに貼り付くので、ついつい反射的に身を逸らしてしまう。
「待てハルトマン! ミーナからの連絡だ。模擬戦は中止だ。基地に帰投するぞ」
「やだ」
「駄駄をこねるな。ミーナも困るし」
「やだ。私、やだ!」
「ちょ、ちょっとハルトマ……」
 構わず向かってくるエーリカ。焦るトゥルーデ。速度が落ちている。このままでは……

 危うく交錯すると言う場面で……

 トゥルーデはエーリカをがっしと捕まえた。
「待て。らしくないぞハルトマン。勝負はお預けだ」
「だって……嫌なものは嫌だから」
 トゥルーデにしっかり抱きしめられる格好で、しゅんとするエーリカ。トゥルーデは落ち着いた優しい声で、エーリカに問い掛けた。
「どうして嫌なのか、言ってくれないか?」
「トゥルーデのバカ!」
「な、何故怒る?」
「だって……」
 トゥルーデの服の裾をつまらなそうに弄るエーリカ。
 それを見て、はたと気付くトゥルーデ。
 改めてエーリカに向き直ると、微笑んで、話し掛ける。
「悪かった……。はしゃぎ過ぎた。お前が居るのに。私とした事が」
 疑いの眼差しを向けるエーリカ。
「本当にそう思ってる?」
「ああ、本当だ」
 優しく笑い、ぎゅっと抱きしめる。
「本当に本当?」
「本当に本当だ」
 トゥルーデはその印にと、そっとエーリカの頬にキスをする。
「さあ、帰ろう、エーリカ。ミーナが、そして皆が待ってる。お前の大切な妹も」
「……うん」
「今夜は私が食事を作ろう。お前の好きなもの、作るからな」
「本当?」
「ああ」
 二人は手を取り合い、ゆっくりと滑走路を目指し降下した。

 日も暮れ、夕食の時間となり、食卓を囲むウィッチ達。
「……それで、どうしてバルクホルン大尉が今夜の食事当番なんです?」
 いまいち状況が飲み込めないハイデマリーは、出されたシチューに蒸かし芋、よく茹でられたヴルスト、添えられたザワークラウトの数々を見て、首を傾げた。
「あー、その話は後で。とりあえず食べてくれ」
 いつもの服に着替え直し、食事当番のエプロン姿のトゥルーデに促される。
「はあ……」
 つい生返事になってしまうハイデマリー。
 その横ではエーリカが満足げにヴルストを頬張っている。ミーナにどう言う事かと視線を送るも、妙な苦笑いで返される。
 エーリカの横では、何だか少し残念そうなウルスラが黙々と食事をしている。
「元気無いわね?」
 ミーナに聞かれると、ウルスラは計測途中で“強制終了”した模擬戦の事を少しだけ話して、はあ、と溜め息を付いた。
「それはまたの機会にすれば良いわ。ねえ、二人共?」
 ミーナに問われたトゥルーデとエーリカは、揃って頷いた。
 ああ、そう言う事なんだ、とトゥルーデとエーリカを交互に二度見した後、ハイデマリーはシチューに手を付けた。
 “温かい”食事。
 それも二人の関係を知る答え。

end


同日避難所に投下した同タイトル「shocking party」の段落改行等完全バージョン。
公式PV第2弾を見て思い付いたネタです。
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